気候変動対策の“主役“は、
なぜ国から産業界へシフトしているのか

山口岳志 日立コンサルティング エネルギーコンサルティング本部 マネージャー,スマートジャパン

2018年12月14日

「パリ協定」以降の企業の気候変動対策について解説する本連載。第2回では気候変動対策に関連するパリ協定前後の世界の動向とともに、2014年9月に設立された代表的な気候変動イニシアチブである「SBT(Science Based Target)」の概要を説明する。

本稿では、2015年に成立した「パリ協定」以降における企業の気候変動対策の動きについて概説し、各種イニシアチブの紹介や、それらが設立に至った背景、そして実際の企業の動きについて実例を交えて紹介していきたい。その上で、日本企業が具体的にどのようなアクションを取り得るべきか、どのような対外発信を行い得るのかを考えていきたい。

前回は、企業において気候変動に向けた取り組みが活発化している現状について述べた。今回は、こうした動きが世界で活発化している背景をさらに探るため、パリ協定前後の動きを概説する。その上でパリ協定に先立ち、2014年9月に設立された代表的な気候変動イニシアチブである「SBT(Science Based Target)」の概要を説明する。

本連載で解説予定の制度/イニシアチブ

なぜイニシアチブ対策が必要か?

日本においては、CSRレポートの後半部分などに「地球温暖化対策」などのセクションを設け、自社のGHG(温室効果ガス)排出量の変化などを載せるのが一般的な企業における気候変動対策のアピール方法であった。

各社のCSR部や環境対策室などが中心となり、「温対法(正式名:地球温暖化対策の推進に関する法律)」や「省エネ法(正式名:エネルギーの使用の合理化に関する法律)」、あるいは東京都の総量削減義務などの最低基準をクリアすること(マイナス評価されない)ことを中心に、守りの姿勢で温暖化対策を進めようとする企業が多かったともいえる。GHG排出削減目標を設定しても、それを政府や国連が設定した目標と関連付けることはまれで、GHG排出量が前年度をわずかにでも下回れば、それで良しとしている企業も散見されたものだ。

ところが、数年前から様相が大きく変化した。2015年の9月に国連総会で採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」および同年12月に行われた「第21回気候変動枠組条約締約国会議(COP21)」で成立した「パリ協定」、この2つをきっかけとして、自社の取り組みを積極的にアピール材料としていこうとする機運が盛り上がりつつある。もはや、CDPで高いスコアをマークすること、SBTやRE100に向けた取り組み方針を検討することは、どの企業にとっても対岸の火事では済まされなくなってきている。

SDGsの17の“Goals”にはそれぞれ“Target”と“Indicator”により具体的な数値と評価指標が示されている。「弊社は気候変動対策としてこのようなことをやっています」と省エネの事例を並べるだけでは不十分で、国際的に認められた指標を用い、客観的な数値で自社の取り組みを説明することが必要である。そのためには、国内外の企業がどのような動きをしているのか調査することはもちろんだが、そもそもなぜこうした動きが世界で活発化しているのか、その背景についての知識も必要である。

なぜ、気候変動対策のプレイヤーが企業主体になりつつあるのか? なぜ、世界の有名企業がRE100に熱心に取り組もうとしているのか? パリ協定に至る歴史、パリ協定後の国際的な動きを把握することによって、個々の企業がどう対処すべきなのかが見えてくる。以降で、パリ協定前後の動きを概観してみよう。

京都議定書から20年、気候変動対策の主役は国から産業界へ

京都議定書からパリ協定を経て、現在に至る約20年の歴史を俯瞰(ふかん)してみよう。京都議定書の締結がなされていた頃(1997年、COP3)、気候変動対策の主役は「国」であった。各国がそれぞれのGHG排出量をどう削減し、その結果地球全体の温暖化をどう食い止めるか、という課題は、各国がどのように責任を負うかを国家間の対話によって取り決める外交的マターとして認識されていた。京都議定書が実際に発効されたのは締結から8年後の2005年だが(批准から一転して受け入れを拒否した米国、受け入れ判断を遅らせたロシアなどの動きが発効の遅れの原因となった)、米国、中国という二大排出国家が参加せず、また発展途上国に対しても義務を負わせるものではなかったため、「一部の国に対し不利な内容ではないか」と不満が噴出した。

その後「カンクン合意」(2010年、COP16)を経て各国の削減策についての報告と検証のルール化が一層進み、また、インド、ブラジルなどの途上国でも排出削減への歩み寄りがみられ、世界が協調して気候変動問題に立ち向かうという基本理念が確認された。次いで2011年の「COP17」(南アフリカ・ダーバン)では、全ての主要排出国を対象とする新たな法的枠組みを2020年から実施に移すための工程表である「ダーバン・プラットホーム」が採択され、これがパリ協定締結への重要な布石となった。

そしてパリ協定(2015年、COP21)では、京都議定書以来18年ぶりとなる気候変動に関する国際的枠組みとして、途上国を含めた参加196カ国全てが世界の平均気温上昇を産業革命時から「2℃未満」に抑えること(加えて、平均気温上昇「1.5℃未満」をめざすこと)に合意したのである。合意に至るまではさまざまな国の思惑が絡み合い、交渉決裂の危機が何度もあった(実際、ダーバン会議では議論が平行線をたどり、会期が1日延長された)。過去20年近くにわたる参加国・関係者の綿密な調整と努力の果てに、国家間のエゴイズムを超克し、やっとこぎ着けた国際的合意が、パリ協定なのである。

パリ協定前後の気候変動枠組条約締約国会議(COP)。日立コンサルティング作成。COP21以前はパリ協定に至る主要な会議のみ抜粋

しかしながら翌年の2016年、米国で新たに誕生したトランプ政権はかねて公言していたとおり、パリ協定からの離脱方針を明らかにした。パリ協定を苦労して成立させた関係者たち(多数の米国人も含まれる)にしてみれば、トランプ大統領の決断はこの20年にわたる世界の努力を否定するものに映ったに違いない。

だがこれを受け、米国内の数百の自治体、数千の企業と投資家、大学が参加し、「われわれはパリ協定に残る」という意味の「We are still in」というネットワークが誕生した。連邦政府がどのような政策を取ろうと、地域、各州、ビジネス、大学などはGHG削減に対する第一義的な責任を負っているとし、米国は引き続き排出削減のグローバルリーダーにとどまると宣言したのである。日本でも同様に、今年(2018年)に入り企業や自治体、NPOが気候変動抑止のためのネットワークである「気候変動イニシアティブ(Japan Climate Initiative:JCI)」を発足させた。

以上をまとめると、世界の気候変動対策は「国」が主人公だった時代から自治体、産業界、学界、投資家、NPOなども含めた多様なプレイヤーが参加する取り組みへと変化してきている、といえる。実際に主なGHG排出源は産業活動によるものだから、この流れは自然なもののように思われるかもしれない。しかし、実際に気候変動を食い止めようという未来に向けた大目標のために、何千、何万という人々が長い時間と膨大な努力によって、国のエゴを乗り越えてきたからこそパリ協定が成立したという背景も忘れるべきではない。パリ協定に至る過程で、国に任せきりにしていたのでは、いつまでたっても気候変動対策が進まない、だからこそ産業界も率先して気候変動対策に対するイニシアチブ(主導権)を持つべきだ、という考え方が生まれてきた。

そして、企業がイニシアチブを持って先進的に気候変動対策を進める動きの中で、実際にさまざまなグローバル企業が参加するSBT、RE100が生まれているのである。トランプ政権によるパリ協定離脱は、後から振り返ってみれば、国が主導していた気候変動の取り組みを産業界がリードする流れが生まれた、きっかけの一つとして位置付けられるかもしれない。

“企業版2℃目標”としてのSBT

SBTは、環境省によって「企業版2℃目標」という訳語が当てられている。これはSBTがまさにパリ協定がめざす目標そのものであることを分かりやすくするための意訳で、直訳すれば「科学に基づいた目標(数値)」となる。

ところで、「科学に基づく」とは、具体的にはどのような意味だろうか? これは、地球温暖化に関する科学的知見の集約と分析を専門とし、130カ国数千名の専門家によって構成されるIPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)第5次評価報告書の、「CO2の総累積排出量と世界平均地上気温の変化は比例関係にある」という主張に基づいている。すなわち、過去からさかのぼって今まで積み上げてきたCO2の累積量によって、温暖化の度合いが決まるということだ。

温室効果ガスを全てCO2のトン数で換算した場合(例えば、メタンガスはCO2の25倍温暖化能力が高いため、メタンガスが1トン排出されることはCO2が25トン排出されたと同等と見なす)、産業革命以降、今までで既に約2兆トンのCO2が排出されてきている。一部は海洋によって吸収されたが、これにより結局地球上の気温は約1℃上昇した。もし地球温暖化の程度を2℃以内に抑えるのであれば、許されている排出量の上限は3兆トンである。つまり、残り1兆トンしか排出の猶予がないということだ。あと1兆トンを排出してしまう前に、全ての国の全産業で「ゼロ・エミッション」を達成しなければならない。

ちなみに、現在世界中の地下に埋もれている化石燃料の可採埋蔵量に含まれるCO2排出量は合計で約3兆トンもあるといわれている。上記の「1兆トン制限」を鑑みると、残りの2兆トンは仮に採掘できても燃やすことができない=燃料として使用できない、ということになる。化石燃料関連産業からのダイベストメント(投資の引き揚げ)が進む原因である。

さて、CO2の「1兆トン」とは、具体的にどの程度の量だろうか? パリ協定が締結された2015年、この1年間で世界は329億トンのCO2を排出した。中国は全体の約28%を占める93億トン、米国は15%を占める50億トンを排出した(日本は11.5億、3.5%)。このままのペースが続けば、約30年(2045年)でプラス1兆トン排出=2℃超えが達成されてしまう計算になる。2020年の東京オリンピック・パラリンピックの年に生まれた子どもが成人し、社会人になったあたりで、世界中が壊滅的な気候変動に見舞われているということになってしまう。

あとどのくらいCO2を排出できるのか?

企業に対してSBTの設定と開示を呼びかけているSBTイニシアチブ※1では、こうした事態を避けるために、各企業が自社エネルギー消費由来のCO2排出の、長期的な削減目標の設定を呼びかけている。

次回はこのSBTの目標設定における詳細と、企業が取り組む際のポイントについて解説する。

※1 出典「SBT(企業版2℃目標)について」(環境省・みずほ情報総研)